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休業のお知らせ

5/18(月)から、約2週間ほど休業します。6月から再スタートしますが、お店の形態は未定です。出来れば、店内飲食をスタートさせたいです。また、詳細決まり次第告知致します。

休業のお知らせ

ちょっと前と今

まだコロナ騒動がなかった頃、僕はバランス崩してて、お店辞めたいとか、あー無理だ、とか、しにたいーとか、しょっちゅう口にしてて、殆ど毎日泣いてました。こんなこと別に大したことなくて、実際死ねないし、ただただなんもかも鬱陶しくて嫌になってただけで、そんな何処にでもいるようなダメ人間やっただけです。ただの鬱。可哀想とか辛かったねとか慰める人たまにいますが、いや、そんなんちゃうねん、何と例えようのないダメっぷりでした。

厄年の年齢くらいに、自分の器の形とか小ささとかがもう目を背けられない程くっきり見えてしまい、自分自身にがっかりしてしまったんだろう。疲れたんだと思う。悪いときって悪い事ばっかり探して納得しようとする。エゴサして、批判的なコメント見ただけで、ああやっぱりな、となったり、振り込め詐欺にひっかかりそうになったりした。お店は今の方が格段に逆境にあるのに、半年ほどまでの方が壊滅的な精神状態で最悪だった。人と関わることが辛かったあの頃と、人と関わることが嬉しい今とは雲泥の差。

幾つか原因は分かってたんだけど、なかなか抜け出せなくて周りに迷惑をかけてどうしようもなかった。お店のイメージと自分が掛け離れ過ぎてて、もう無理だった。そんな僕がいきなり元気を取り戻せたのは、あるきっかけがあった。
ずーっとウジウジウジウジしてたら、ほんまに最低の数字が出た。過去最低日売上を更新した。その日はコロナで学校が休校になる直前の金曜日だった。見たことない数字だった。その時にああこんな感じにお店て潰れて行くんやろなぁと感じた。

とりあえず市役所行って何かしらの策出てないかなーと相談しに行った。係のお姉さんは親身になって話聞いてくれたんだけど、実際は直ぐ使えそうな策は全く無いことを告げられた。また数日後にハローワークに行って詳しい情報を得ようとしたけど、全然国は個人事業主のことアウトオブ眼中で、一瞬でも期待した自分はすぐに居なくなった。

その日だ。自転車に乗って、もう何もやることなくなって帰宅する道中だ。桜満開で風も気持ち良くて。終わったわと思ったら急に楽になって、全然辛くないしむしろ心地よいのに涙ボロボロ流してて、ゆっくり家に帰った。と記憶してる。

そっからだんだん腹たって来てもうて、現政権に、誹謗する匿名の暇人に、お店で何時間もべっちゃくって帰らない主婦どもに。はあ?おかしいやんけ、あー?て。そっからそっから、ムカついた話しとか理不尽な奴の話を嫁さんに愚痴り出し、徐々に元気を取り出して行ったわけです。だから、愚痴言うたり、政権批判したりするんも健康的な営みだと思うた。

今、コロナと政権に挟みこまれながら、なんとか回してる状態ですが、この怒りと、人の優しさのおかげで全くお店たたむ気ありません。苦し楽しい。思い通りには行かないのが人生なら、それはただ普通の人生なわけだし、波乱万丈でもない、平凡な人生て思う。

ちょっと前と今とこんなに振れ幅があるなんて、なんて適当な人間なんでしょう。阿保ですねぇ。

ちょっと前と今

「カレーはじめます」

「カレーはじめます」

お店を始める前は姫路(飾磨)のレストランで働いていた。姫路と加古川では地域性の違いがあった。姫路人は祭り好きの方が多くて、加古川人は祭りに無関心の方が多いとか。加古川より姫路のほうがイケイケどんどんで、意思表示がはっきりしてたように思う。加古川は大人しくて、あまり本音を言わない風潮があると思う。どちらがどうだこうだ、良い悪いとかでなくて、商売する上で売り方が変わって来るという話。

今、加古川でお店してるんで、加古川人に合わせてメニューを考えて作ったりしてる。例えば、自分データを明かすと、ラーメン、コロッケ、ふわふわパン、好きです。そば、うどん、硬いパン、あまり好きでない。これは自分データなので、そんなん嘘やん、て思うこともある。とにかく、主婦が町を牛耳ってる町という印象で、ママさんらにそっぽ向かれたらお店閉めないといけない。夜のお店は大変だと思う。夜は東加古川の方が、賑やかで栄えてるな、とか。

そういう地域性に沿ってメニューを考えるんだけど、今僕がしようとしてることって真逆のことなんです。まだ加古川で売れてないメニューを出したいんです。手作りハンバーガーをやろうと決めた時と似ている。まだ、加古川はピープルが名物バーガーしてたくらいで、本格的な自家製バーガーはなかった。あの頃ハンバーガーはマクドナルドで食べるものだったけど、同じくらいの価格でまじのバーガー作れるって考えたんです。ほんで、ヒットしてくれた。この成功体験があるんで、もう一度そのような事をと企んでいる。

あ、手作りのスパイシーカレーなんですけど、加古川で本格派の自家製カレー(辛いやつ)で流行ってるお店ありますか?加古川にはまだ本格派カレーは上陸してないでしょ?多分。個人的にカレー好きなんですが、お店でしても売れないと散々言われたり、実際前に普通のカレーしてだ時に売れなかったりで、加古川人は(加古川のママさんたち)カレーは家で食べるもん、と思うてるみたい。推測だが。ただ美味しいだけだと無理だ、衝撃的なもんを作らないと駄目だ。

姫路みたいにはっきりと言うてこないだけに、わかりにくい感じあります。だけどあまのじゃくな自分が真逆へ走ろうとするんです。いざ完成して、始めてみたらさっぱり出なかったって事も十分ありうると思う。。それにしても、やらなくて後悔するより思いっきりチャレンジしてボコボコにされた方が納得できる。いや、ボコボコにされたくない、僕が加古川人をホクホクにすると決めた。

凄いカレー完成させる気満々なんで、一度は食べに来てください。ほんでから、その先のことはわかんなくて良いです。よろしく!!

「希薄」

「希薄」

前からなんですが、お酒飲むと次の日頭痛くなるし、体がダルくなるので、最近は缶ビール1本飲みきるのもやっとで、なんか「美味い!」とも思えんくんなってきた。体が欲してないのでアルコールも休み前日だけしか飲まないようになった。タバコも止めて5年くらいになるんかなぁ、なんか馬鹿馬鹿しくなってしんどいからライターごとまだ残ってたタバコを捨てた。

男たちの楽しみと言えば、酒、タバコ、パチンコ、女、と昔から決まってだけど、もう僕せやったらほぼ男ちゃうやん、て思う。ギャンブルもしないし、キャバクラや風俗行くためのお金使う勇気沸かないし、しんどいとき、ふと何もか馬鹿馬鹿しくなって、16歳の頃に戻ってバイクぶっ飛ばしながら発狂して紛らわしてる。42歳だけど。

去年10月から消費税増税あって、客足が止まった感覚があった。感覚というか実際に売り上げもガクッと落ちた。それが、増税の影響なのかただの実力不足なのか、どちらも重なってかは、はっきりしないが、街自体が死に街に更に寄ってる感じがして不気味だ。世界中が辛い出来事だらけでぶっ壊れつつあるのに、SNSやテレビの中の人はニコニコしてて、流行だの映えだのくだらねーことでゆる~く楽しんでるの見ると更に怖くなる。

家と店の往復で毎日が過ぎる。幸い妻と殆ど一緒にいるので、ずっとお喋りしてられるから誰とも口効かないってことはない。その点救われているけど、妻とスタッフさん以外とは殆ど話さないし、元々協調性とか社交性が乏しいので、頭の中で何万回も自問自答してる。周りがどうだからとか、普通とかみんなとかの曖昧な基準が嫌いなので、自分の事ばかり考えてしまう。

他人との関係が希薄になればなるほど頭でっかちになり表情がお面してるみたいに固まってる気がする。

人と話がしたい。人の気持ちに触れたり触れられたりしたい。女の子と話がしたい。友達と居酒屋でだべりたい。音楽の話、漫画、家族、エロい話とかしたい。最近何故かこのような欲が出てきており、珍しく協調性とか大切だなと思えるようになった。

3月くらいからライブ企画増やしたり、新メニュー作ったり、個人的にも自分の音楽と向き合ったり、やる気がむくむく芽生えてきてます。期待を裏切ってしまうこともあるかもですが、思うたことはやってみよう!てな感じですので、よろしくです。

「ライブ告知」

「ライブ告知」

オープンマイクライブ2部構成

参加者大募集!!

2/8(土)15時~17時、19時?21時
参加費無料+オーダー

☆弾き語りの方が多いですが、基本しばりはありません。漫才、コント、手品、落語、一発芸、朗読、など。どなたでも参加出来るホッコリライブ企画です。是非遊びに来てください。

8年前

「8年前」

お店は妻と僕とふたりでスタートさせた。僕は今よりも更に弱虫だった。半年で妻はお店を辞めた。
下手な芝居みたいなセリフを今でもはっきりと覚えている。

当時は今よりもパン屋さんよりで、パン棚も立派な物で毎日焼くパンリスト表通り、40個くらいは焼いていた。
僕は手作りパンの喫茶店をすれば、朝からママさんらが焼き立てパンを買いに沢山売れると勝手な思い込みで変な自信があった。実際お店を始めてみると、まるでその日暮らしの風来坊みたいで、売れることは希で、ほぼ暇だった。日曜日の朝ですら老人が2人来ただけとか、ざらにあった。
半年くらい過ぎた頃、お金もみるみる無くなり、余裕も自信も無くなり、夫婦仲もピリピリしてたように思う。

その日の出来事は今でもよく覚えてる。僕がモーニングタイムでパン仕込む理由で妻に「お客さん来たらひとりでしてくれる?」と問うたら、あからさまに嫌々「ええ?」と返されたので、プッツン来てしまった。
僕は今でも思うことだけど、「やらされてするくらいならしない方がまし、やりたい人としか仕事をしない」と決めてるところがある。
とにかく、お店がひまで気がたってて、その「ええ?」だけで妻に当たり散らすという、幼稚な態度をとった。

「出てけ!辞めちまえ!!」

確かにこう言った。ヤメチマエ。

妻は泣きながら鞄を抱えて出て行った。そんな日に限って、ひとり営業してる日に限って珍しく忙しくなるもので、本当にこんなに早くバチが当たるなんて思ってもみなかった。お客さん来店重なるんで仕込むが出来ず、ランチ分のハンバーグが無くなってしまった。母親が見兼ねてランチタイムに手伝ってくれたんだけど、飲食店は素人なんでチョンボが重なる。もう無茶苦茶だった。ハンバーガーを注文してるお客さんなのにハンバーグのオーダーをとって来てしまい、長時間かけて提供した挙句に、違うと指摘され、作り直すにも肝心のハンバーグは無く、お客さんは怒り心頭帰ってしまった。

妻がいない。妻がいないと何一つ成し遂げることの出来ないポンコツ店主の僕。最低最悪な気分で打ちのめされ、流石に「戻って来てくれ」と言うのも虫が良過ぎる、しかし、目の前には沢山のお客さんの不信な眼差し。妻に電話した。繋がったんだけど、気晴らしに神戸に来てる、と言われた。もう無茶苦茶の無茶苦茶だった。提供時間も50分くらいかかってる人もいた。

みんな居なくなって散らかり放題の店内で、ひとりで号泣した。

何でこんなことしてまでお店しなきゃ行けないんだろうか、才能もお金も無いのに。何でするのか。理屈じゃないところでそれにしても「面白い」と思った。何しとんねん無茶苦茶やんけ。こんな大失敗は少ないけど、小さな失敗は毎日ある。人に迷惑をかけてやらせてもらってるんだから、なんとしても良い店を作らないといけない。そうじゃないと一生失敗人間のDVヤロウになってしまうではないか、そんな決意だった。

あれから8年。ついこの前のような気もするし、遙か大昔のような気もする。2年くらい前にお店に妻が帰って来てからも、あの日の決意をたまに思い出す。あんなのはお店じゃない。だから毎日スタッフにあれこれ口うるさく言うし、家に帰っても妻と今日のあのお客さんの対応がどうのこうの、神経質かってくらい話し合う。これで完成とかはずっとないけど、今のところ僕らは前より仲良くしてます。

よすが

よすが

今年は時間があれば、映画を観るようになった年で、じっと観ていられるようになった。10代の頃は毎週TSUTAYAに通ってる時期があり、その頃に見てきた映画で時間が止まっていた。最近あの頃の感覚を少し思い出して、見出している。それとは別に、古本屋も好きで、棚から飛び出して見える本を引っこ抜いて、寝る前に読む。それとも別で、音楽も好きだ。音楽は音量や場所によって聞き方を簡単に変えれて、気楽なのがいい。家で夜中にギターが急に弾きたくなって触ることもある。

「政治」も気になる。これも今年から急に気になり出した。自営業なんで増税やTPP、日米FTE、人ごとじゃなくてモロに生活に直結してることだけに、難しいけどわかりたい。

何が言いたいのだろう。興味が尽きないんです。自分がまだまだ未熟過ぎて、いつも不完全燃焼のままで、ちっとも到達しないんです。毎日話しするのも家族かスタッフだけで、人(他人)とあまり絡むこともない。たまに友達と飲んだりするだけで、随分お喋りした気になる。(酔うたら調子乗る)

いつも途中までしか読んでない本が2~3冊あり、カバンの中にはその日の気分により入れ替わるCDを肌身離さず持ち歩いている。よくわからないものばかり持ち歩いている。未解決なものばかり抱えて困っている。スペクトラム症かもと思う事もあるけど、精神なんか不安定ぐらいでやっとまともやと思うたちなんで気にしない。

誰もが何かを頼って暮らしているんだろうけど、最近その「よすが」が散らかってるように思う。全部繋いで何か凄いことを発明してお店で活かせていけるようになりたい。今日の日記でした、最後までおちなくすみませんでした。

仁義なきブログ

おっさんになってから、仁義なき戦いハマる。これまでバイオレンス映画ってあまり好きでなかったんだけど、ふと、見てみたくなりまず最初の1本を借りて見た。妻子も始め一緒に見だしたんだけど、映像がガサツでよくわからない、とかで直ぐに寝た。僕は始めから菅原文太に胸ぐら掴まれ「どないな」と脅されてるようで、一瞬でもっていかれた。一気に全シリーズ見てしまった。

こんなめちゃくちゃな殺し合いの何がそんなに良いのか、何故惹かれるのか、わからなかった。良い悪いで言えばきっと悪いに入るべきで、暴力を肯定するべきで無いと今でも思う。それでも問答無用、圧倒的に揺さぶられるのだ。説明なんか出来ないし、したくないんだけど、多分これかなというものがある。

多分、人間賛歌なんだ。これは殺し合いの人間賛歌。ヤクザの話だけど、テーマは村社会のこじれであり、日本そのものであり、町内会でも、喫茶店でも、学校や会社でも仁義なき戦いは頻繁に繰り広げられている。僕は切羽詰まった感じが好きなんだろう。お店でも楽に稼ぎたいけど、毎日完全燃焼したいし、無茶苦茶忙しいのが笑えるくらいに好きだから、多分一生ジタバタしてる死んで行くんだと思う。金持ちになってハワイとか行って、美女らとフラダンス踊って、高級なレストランで食事をして、とか、絶対したくない。1年中遊んで暮らす、毎日が夏休みが理想、とか、何が楽しいねん、て思う。余裕ある生活から幸せはやって来るんだよーってふわふわした本とかブログを否定してるようだけど、僕はそうは思わないんだから仕方ない。

激烈に追い詰められた時に人の本質が問われると思う。じゃあ借金して愛人作ってこじれまくって追い詰められてみいやと言われると、それも嫌なんだけど、。どうしようもないことがたくさんあり、力で解決しようと必死になってる姿に感動する。自分を貫こうとしてるんじゃなくて、自分はもうこれしか道がない、みたいなぶきっちょな人間が好きなんだと思う。多分その理屈じゃない不道徳な世界が間違いではあるけど真実のように見えるんだと思う。

悩みない方がいいのに、悩んでいたい。お金たくさん欲しいのに、効率悪いこと選んでる。苦しみや悲しみが好きなんだ。そんな気がする。駄目ですか、いや駄目ですね。だからいいんです。

いらっしゃいませ

いつも当たり前にいらっしゃいませー、言ってたらなんかわからなくなってしまい、何だ?いらっしゃいませって、いらっしゃってるお客さんに対して「いらっしゃいませ」て変だ。外国では「ウェルカム」とか言わないそうで、会釈して挨拶する感じらしい。日本のインド料理店でインド人の人が「シャイセイ」をやたら連呼するお店があった。それはもう日本語でもインド語でも何語でもなくなっているんだけど、とにかく「シャイセイ」貫き通して堂々としてる。

僕が20代の頃に働いてた喫茶では、ママが「いらっしゃいませー」のせーって伸ばしたら駄目よ!ってよくウェイトレスの女の子叱られてたな。別の店でも色々ないらっしゃいませがあり、「しゃーせー」とか「いらっしゃいまっせ」とか「いらっしゃいませどうぞようこそー(超早口)」とか、酷いのでは「せー」だけ言うてる人も居た。逆にスタバではいらっしゃいませ無くて、「こんにちは」や「おはようございます」を採用してて一瞬、言わんのんかい、ってなるけど気持ちいいですね。挨拶は良いですね。僕は、スーパーのレジでも挨拶されたら必ず挨拶で返す。いらっしゃいませーだと無言のまま。だけど、急に明日からお店の方針変えて、「挨拶のみにしようぜ」って決めてもよほど徹底しないと難しいものです。今んとこは「いらしゃいませ、おはようございます」とふたつ付けるようにしてる。

最近読んだ本で「音楽と雑音の違い」は心が入ってるかどうか、ってことで、心ある「いらっしゃいませ」は音楽、心ない「いらしゃいませ」雑音だ。と書いてあった。なるほど、全部そうだなと思うた。たまに超か細い声で「いらっしゃいませ~」て言うてる店員さんいるけど、あれは言わないほうが良くて、雑音なんだろうな。

全然関係無いけど、前にいたお店で、お客さんが入り口付近にいらっしゃった時の思い出。遠くからそのお客さんに届くように声張って「いらっしゃいま」まで発したところで実は食事を終えて会計のレジ付近に来てるお客さんだと、気がつき「ありがとうございました」にチェンジせねばと慌てて言おうとした結果「いらっしゃいました!!」って大声で叫んでしまった。スタッフ全員「は?」てなってて超恥ずかしい思いをした。

最後までしょうもない文読んでくれて、ありがとうございました。

美味しそうな香り身に纏う戦法

美味しそうな香り身に纏う戦法

前回のブログ更新から2カ月以上経っていた。毎日色々なことあって日記(ブログ)を書いてる人もいるのに、僕は苦痛に感じる。自分ではもう気にしないと思ってたつもりだけど、前に中傷するハガキが届いたこと、未だに引きずって気にしてる自分もいる。それだけでも無くて、公に出来ない事も何個かあって、何でもかんでも赤裸々に発信出来ない事情がある。僕は妻子がいるので、最後のところで自分本意に発言出来ない部分もある、、。

もともと社交的では無く、協調性も薄くて、自分の殻にこもって色々作ったりするのが好きなタチで、やたら肩組んできたり、酔っ払いの人などが苦手で、面倒臭さいと避けて来ました。だけど思想というか、一丁前に頑固で貫きたい気持ちも確かにあるわけで、、避けて通れない道(人)がいたりすると発狂してしまったり。

「だから僕は歌うんだよ?精一杯デカイ声で?」て、ブルーハーツの歌詞であったけど、僕の場合は「だから僕は作るんだよ?めちゃくちゃ美味しいものを?」になるのかな。書いてる途中であまりのストレートさに恥ずかしさが追い越してうわぁだっせぇて、なる。まあ、ダサいのは本当なんだから、良しとしよう。

母は超社交的で誰とも気軽にお喋りできる天才なんだけど、僕は真逆であのフワッとした感じやズカズカ行く感じが出せない。そのかわりに僕は美味しいパンが作れる、ただ作れることしか出来ないけど、確かに作れる。社長の仕事は集客だ、とよく聞くけど、僕は作ることしか出来くて、営業が全く出来ない、苦痛で苦痛で苦痛なだけで何もおもろない。 だから僕、そんな、体に悪いことやめてひたすら作る。幸いパンやコーヒーは美味しそうな香りを放ってくれるので、僕はその美味しそうな香りを身にまとって「ははは」と不気味で下手くそな笑顔振り撒くことで、まんまと(?)お客さんが釣られて寄って来るという戦法を見つけたわけです。

いろいろな人種の人、考え方が違う人がたくさんいるんだし、僕のこんな独り言も「ふーん」とか「くだらねー」とか何でもいいです。僕は美味しそうな香り身に纏う戦法でやってますんで。