2019年 2月

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let it be

let it be

先日、let it beというタイトルでライブイベントさせてもらったんで、その軌跡をひっそりと残しておく。

遡ること1年半。「4人はアイドル」というビートルズのヘルプのパロディを思い立ち、個人的アイドルの4人にオファーをした所、一発で日程と承諾を得て2017年の真夏にライブをしてもらった。その日はアクシデントが相次ぎ踏んだり蹴ったりだった。思いがけず超満員になりテンパりながらのライブ営業で、エアコンもぶっ壊れてしまい、開演前に配布したパンフレットをお客さんはウチワ代わりにして、赤熱のライブだったと記憶している。

そもそものきっかけはジョニー・デップと福山雅治のビールのCMだった。メディアが日米の二大ギタリストが夢の共演!と報じてて「はあ?」と違和感を覚えた。福山雅治もジョニー・デップも好きな役者だけど、なんでまたギタリストとして報じるのか?と。テレビとかメジャーとかで活躍してるミュージシャンや映画の中でも、なんじゃそら?みたいに思う作品がある。それぞれの感性で傑作や逸品が違うんなら、僕は僕の感性とやらで表現してもええんやわと腑に落ちた。サブカルという言葉も嫌いだ。僕の中では彼等はメインだし、質の高い表現者たちだし、社会の隅でコソコソやってる感は無いわけだし、アングラ好きの気持ちが僕にはワカラナイ。

トップバッター、カニコーセン。ゴミ旋風が吹き荒れた後とあって、最新型のカニコーセンは圧巻のパフォーマンスだった。全力のフレディ・マーキュリーや、清志郎はおもろすぎ。面と向かって言うの照れ臭いけど、地味な日常にコブログは癒しだし、身近に変態見れて幸せです。地元にこんな筋金入りのパンクロッカーが居るって嬉しいことです。僕からしたら、ジョニー・サンダースやカート・コバーン級が地元で唸ったり発狂したりしてるのと同じくらい刺激的なことです。

次は、はにゃうにゃリミテッド。
カーリーヘアのカレーという歌をユーチューブで発見した時は、稲妻に打たれた感覚がした。当時見たはにゃうにゃさんはアフロヘアのヅラを着用していたんだけど、僕はそのアフロは地毛やと思い込んでいて、ある日、前触れ無く本人がお店に現れた時にアフロヘアはヅラと判明してショックを受けて更にファンになった。独自の世界観の煌めきは、デビッド・ボウイを彷彿させる。

3番手、つるんづマリー。僕がなりたかった職業の2つを2つとも実現してて、僕からしたら崇める存在の人。漫画家とミュージシャンってカッコ良すぎだろ。しかも真っ赤っか。つるんづさんの歌って、弾き語りでもバンド感があって、歌詞がグサグサ刺さるのが多い。病み上がりなのに全力を尽くしてくれて感動しました。

4番手、ほりゆうじ。言わずと知れた姫路のジョナサン・リッチマンって言うのもう止めたい。ほりさんほりさんで最高なんだし。曲がどれもこれもキャッチーでポップで親しみやすい。ほりさんのパフォーマンスを最前列で釘付けになってた少年(大五郎)の眼には西城秀樹クラスのスターに写ってたに違いない。カレーサンバで会場が揺れた!!


もうとっくにビートルズやん。

また次出来たら嬉しいけど、自分の意思とは関係なく降ってくるもんだから、次いつなるかわからないし永遠に無いかもしれない。。約束してするもんじゃ無いからこそ刺激なんだと思う。ご来場してくださったお客さん、演者さま、家族、近隣の人たちに感謝です。

新成人たちよ

新成人たちよ

◎グリーンラバーズ通信.vol74より

この間の成人の日に何処かの成人式で市長が演説中に、酔っ払った新成人たち(男の子)がド派手な衣装で暴れ回っていたのをテレビで見た。
昔はああいう人たちを軽蔑していたけどこの度は「元気ありあまってええな」と感じた。年取ったせいかもしれないけど、今あんなに大声で叫んでみたり、社会に対して反発してやるぜ!的なエネルギー無くなってるもん。
カート・コバーンは「若者はムチャクチャにすることが義務だ」とこれまたムチャクチャなこと言ってたけど、あながち間違いでも無い気がせんでも無くは無い…。今の日本ってフランスやアメリカみたいに反逆者たちが戦ったり叫んだり血流したり、死んだりしなくなってる。死んでしまう事は最悪だし不幸な事だけど、個人の自由とか差別の無い世界を命がけで守ろうとする者は美しいです。
全体的に当たり障りなく、角を立てず、皆んな何となく痛い思いをせずに、お金も無いけどそこそこの暮らしを…。オェー!想像しただけで寒気がする。。丁度良い生活なんか何が楽しいねんって思う。やりたい事思い存分やったらいいし、才能なんか無くても好きな人と好きな事好きなだけやればいい。
僕、成人式にも行かずに「ダセー」とか言うてダサい奴でしたけど、大人しくなることが大人になるってことじゃ無いと思うんです、、「成功者に」とか「羽ばたいて」とか、そんな安い言葉に騙されるなー!って小さな事で言いたい。。

お父さんのいびき

お父さんのいびき

先週、母親方の叔父が癌で亡くなってお通夜に行ってきた。まだ62歳と若い年齢で母親の11下の弟だけど、最期はお爺さんになっていた。
ウチの父親も癌で亡くなって確か62歳だったんで、叔父がオトンと重なって見えた。

叔父さんの生前に二度お見舞いに行ったんだけど、死ぬ1週間前に自宅にお邪魔させてもらった。大きいベッドと酸素の供給機2台あってリビングは半分くらいになっていた。僕と妻と子と、叔父さんの弟夫妻と、叔父さんの奥さんと従兄弟である子供たち3人と、その子供たちは2人で小さな部屋に12人居た。12人居た叔父さん以外の11人は皆、叔父さんの寝息や寝返りや寝言に敏感で、長男くんが側で様子を観ていた。
たわいもない話ばかりした。孫たちの特技とか、趣味とか、赤ちゃんの頃の話とか。従兄弟の子の赤ちゃんがブロッコリー食べてて「うわー凄い〜、見てん見てん」と野菜嫌いのウチの子に促す妻と無視する子とか。誰かが「お父さんいびきでかい」って言うてたりとか。そんないびきを僕らは一緒に聞いてるだけのたわいもない時間。特に込み入った話もしないままの居心地の良い人たちの笑顔とか。なんか死にそうな人を皆それぞれ自覚してて、そんなお父さんのいびきだけでも十分なんとなく幸せなんです、僕たち私たち、わはは。って完璧な時間だった。

その最期のお見舞いの時は叔父さんはずっと眠っていたように思ったんだけど、通夜の時に奥さんから「あの日みーくん(僕)ら帰ってからな、お父さんが、みーくんの子供大きなってたなぁ、て言うてたで。話も結構聞いてないようで聞いとうでー」とおっしゃってくれた。僕は嬉しさと驚きで涙グワって堪えて笑った。
ブロッコリーの下りとか、ウチのオトンがオカンにおんぶされて病院連れて行った話とかも全部聞いてたんかもしれへんなぁってジーンとした。

お店にも何度か来て応援してくれてたかっこいい叔父さんだった。死に際にちゃんと家族まとまって沢山の人がお見舞いに来られてたん、やっぱりその人となりが魅力なんやったんやと思う。いい感じのいびき忘れない。