「味見の話」

「味見の話」

この間、嫁さんが春雨の酢の物的なお料理を作ってくれた時の会話の一部なのですが、あとあとアタマから離れず噛み砕く作業をした。

春雨を食べると硬くて芯が残っており、「味見した?」と問うと「したよ」とのこと。確かに味は美味しいけどいかんせん春雨は硬いのです。
詳しく問うと味見は最後にしたとのこと。なるほど完成してから春雨の硬さは調整出来なかったのじゃな。
「春雨を湯がいた時に一度味見した方がいいんちゃう?」に時間計ってしたし味見もしたのに細かいこと抜かしやがってくそボケカス、とは言わないがそのような気配を感じたので追求せずに完食した。

僕は料理を仕事にしているので、やはり料理には口を挟んでしまう面倒くさい男なのです。自分が作る料理を自分で食べるときは誰に迷惑かけるわけでもないので、唐辛子を100個入れようが、パスタがスーパーアルデンテだろうが、自分の好みの味にすれば良い。だけど他人に食べてもらうときは食べる人の身になって作らなあかんと思う。
たまに聞く「はいどうぞ~味知らんけど~」の何気ない言葉の暴力。どっかから飛んでくるミサイルのように、ちょちょちょちょな発言である。悪意のない暴力が戦争に発展して行くきがする。

人の立場に身を置く

ついつい自分目線でしか物事考えられなくなってイラついたり不安になったりと感情的になりやすいでけど、料理は愛情ってほんまやなって今更ながらに思う。なんか春雨ひとつで人類の未来まで繋がってるやないでしょうか。しらんけど。

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