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グリーンラバーズ通信vol.60「もう引き返せない」

グリーンラバーズ通信vol.59「取り柄を活かして」

6年前の今頃は開業のこと準備をしていて、営業許可証を取りに行ったのを覚えてる。
その有効期間が平成29年11月30日までとされていて、その日付けの遠さや果てしなさに唖然とした。
てゆうか店あるんかいや?
飲食店は起業して5年以内の廃業率が80%、10年で95%は潰れる確率で、よっぽどじゃないと生き残っていけないのがこの世界。
特攻隊の如く無謀な商売のひとつだと思う。

6年を経て営業許可証の更新をついこの間して、ひとつ区切りがついた気がした。
何度も何度もくじけたり弱音吐いたりで、ヘナチョコパワーを炸裂させてひとつ岸まで辿り着けた。
家族や友人、スタッフ、お客さんに沢山助けられてなんとか辿り着けた、辿り着かせてもらった。
もう自分で言うてしまうけど、オレは選ばれし者なんだ。
自分の意思とは別の所で、この店は続こうとしてる。もう引き返せない。
ボク、動けなくなるまでグリーンラバーズしときたい。宿命や思って頑固親父化していきたい。
この「もう引き返せない」ってフレーズ、かっこいいでしょ?
大阪のシンガーソングライターの金森幸介さんの歌であるんです。
「夢は色あせてく僕は年老いていくでもへこたれちゃいない〜」とかいう詩でした。
こんな風に年とりたいもんです。

グリーンラバーズ通信vol.59「取り柄を活かして」

グリーンラバーズ通信vol.59「取り柄を活かして」

たまにお客様から「多才なんですね」と云われる事があるが、恐縮の極みで内心は(この人オレの私生活のポンコツ具合知ったら引くやろな〜)とか思ってしまいます。
お店は自分の出来る事にチカラを注いでこれでもかと打ち込んで、なんとか食うてますが、日常的にお店以外の事柄が鈍臭すぎて人として機能せえへんこと多々あります。
ご飯食べててもポトポトこぼすし、パンツ反対に履くことあるし、道に迷って家に帰られへんことようあるし、書類とか大切なもんすぐどっかやるし、片付けたものどこやったか行方不明なるし、車の運転下手で駐車100パー歪んで止めるし、あーあ上げ出したらきりが無くほんま人として生きて行くのがムズカシイワ、虫とか犬とかになってだらだら暮らせたら楽だろないやそれはそれでシビアで縦社会があって辛いこともあるんやろなーとか。

多才だなんて滅相も御座いません。しかし、「私なんて〜」と云うのも褒めてくださった方に失礼とも思うので有り難く受け止めて、わいにはこれしか無いんや〜と思うようにしております。
僕からしたらトラックの運転手なんか全員天才に見えるし、役所で黙々とパソコンと向き合ってパチパチと何時間もしてられる人達なんかええ意味で変態やなってじっと見て感心します。
それぞれに取り柄を活かして社会は成り立っているのですね。

「味見の話」

「味見の話」

この間、嫁さんが春雨の酢の物的なお料理を作ってくれた時の会話の一部なのですが、あとあとアタマから離れず噛み砕く作業をした。

春雨を食べると硬くて芯が残っており、「味見した?」と問うと「したよ」とのこと。確かに味は美味しいけどいかんせん春雨は硬いのです。
詳しく問うと味見は最後にしたとのこと。なるほど完成してから春雨の硬さは調整出来なかったのじゃな。
「春雨を湯がいた時に一度味見した方がいいんちゃう?」に時間計ってしたし味見もしたのに細かいこと抜かしやがってくそボケカス、とは言わないがそのような気配を感じたので追求せずに完食した。

僕は料理を仕事にしているので、やはり料理には口を挟んでしまう面倒くさい男なのです。自分が作る料理を自分で食べるときは誰に迷惑かけるわけでもないので、唐辛子を100個入れようが、パスタがスーパーアルデンテだろうが、自分の好みの味にすれば良い。だけど他人に食べてもらうときは食べる人の身になって作らなあかんと思う。
たまに聞く「はいどうぞ~味知らんけど~」の何気ない言葉の暴力。どっかから飛んでくるミサイルのように、ちょちょちょちょな発言である。悪意のない暴力が戦争に発展して行くきがする。

人の立場に身を置く

ついつい自分目線でしか物事考えられなくなってイラついたり不安になったりと感情的になりやすいでけど、料理は愛情ってほんまやなって今更ながらに思う。なんか春雨ひとつで人類の未来まで繋がってるやないでしょうか。しらんけど。

「人のせいの話」

「人のせいの話」

昔誰かに教えてもらったことです。「鬱の入口」に立つ信号があるという。例えば歩いてて、何か物を小指で小突いて「痛!誰やねんこんな所にこんなもん置いたやつはよぉぉ!」と自分で蹴飛ばしときながら人のせいにする。コレ、鬱の入口なんやって。自分が正しいと思い込み、被害者意識が芽生える状態なんだとか。そのことを聞いてから妙に信じてて日常でこういうシュチュエーションよくあるわ、気をつけねば、と思うわけです。

仕事中によく物を無くすんですが、見つからないとイライラします。誰やねん、何処やってん、くそう○%¥=☆^*$!!、、は!かなり高い確率で自分が阿保な顔でどっかに置いて忘れてるだけやのに人のせいにしよる、、あかんあかん気をつけねば。こんな調子は日常茶飯事。

この間多忙日にあれ程気をつけてるにも関わらず思いっくそ「鬱の入口」に立った。 オーダーが引っ切り無しに通ってて、常連さんの家族連れ4名さまのオーダーだった。お父さん、お母さん、長男、次男。急いでオーダーを作ってる時はアタマがプッツンしてる事があり、オーダーミスをしたのだ。4名さまなのに3食分しか作っておらず、確認するとベーコンチーズリッチバーガーが2つなのに1つしか作っていなかった。(息子2人とも同じバーガー)その時に超ド級の言い訳を口走った。

「おんなじ服のティシャツ着てくんの止めてくれよ~」

最近次男くんが著しく成長して、長男くんに激似になっており、眼鏡、風貌、髪型、ファッション、どれも激似で僕は息子さん2人を1人に強引にドッキングさせて、勝手にオーダーもひとつにしてしまったのである。それにしてもなんと傲慢なセリフでしょう。ティシャツの色なんか人の勝手の最果てにある選択肢ではないか。完全に鬱の入口に立ち、お邪魔しまーす言うてるではないか。

そもそも全部自分でやらかしたことなんだ。生まれて死ぬ間に、自分でやらかしたことにケツを吹きながら生きていくんだ。そんな事をモヤモヤ考えながらバーガーを作り直してその激似の兄弟を眺めた。

「マイ・プライベート・アイダボ」

さかのぼること30年。僕は小4の春の始業式を鮮明に覚えている。誰もが、クラス替えや担任の先生が変わり新学期のスタートを切る、初初しい気分でその日を迎える。僕にとってその日は一生忘れられない出来事となった。

担任の先生の自己紹介で、その熱血漢の先生が僕たちに語った話が赤裸々すぎた。死にかけた経験があると云う。重い病気で大手術を経験して、身体にその傷がまざまざと残っているのだと。クラスメイトは先生の話しに釘付けで、引き込まれている。先生も生徒たちに真剣に向き合って、担任としてさらけ出して行く覚悟が見えた。話しはヒートして、挙句に先生が身体の傷を僕たちに見せた。文字通りさらけ出したのだ。
クラス中がザワつ
妙な一体感が生まれた。僕だけを除いて。。

「それ、自慢け」

席の後ろの方から僕は爆弾発言を落とした。教室は凍りつき先生は怒りを通り越して悲しそうだった。ザコキャラをしばく時のケンシロウのように、指をペキポキ鳴らしながら僕の方に歩み寄ってきた。
その時に人生で初めて恐怖を感じたように思う。先生は何もしなかったが、

「その言葉、一生忘れんからな」

と僕に言い放った。僕はその先生の馬鹿でかい傷をもう一度こじ開ける暴言を吐き、僕もその傷と同じ長さの傷を心に負った。その一年は、ずっと先生とギクシャクしっぱなしでした。

大人ってなんだろ?言葉ってなんだろ?トラウマや呪いのように自虐は30年続き、10才からずっとかったるくて仕方がなかった。
もお、ええやろ。
この辺で終わりに
ようや先生。ええ加減ダボみたいな過去に縛られんと未来へ向かわせてくれ。許せんやろけど許してぇや。すんませんですまんけどほんますんませんでした。


ほんましょうもない投稿です。ごめんなさいm(_ _)m

グリラバ通信VOL.43「それいけ!ノンタックの世界」

グリラバ通信VOL.43「それいけ!ノンタックの世界」

僕が小学生の頃(80年代)教育テレビで「それいけ!ノンタック」っていう操り人形の少年の番組があった。
のんびり屋さんのノンタックがおばぉちゃんからもらった魔法のメガネをかけると、モノとおしゃべりができるようになるのだ。確か「でこでこでこりり〜ん♪」とか言うてたな。
休み時間サッカーボールで遊んだ子供たちが片付けをせずに戻ると、そのサッカーボールとノンタックが話したり。ボールが「僕、寂しいよ。」とか言うたりしてたな。
僕は子供ながら、モノにも心や言い分があるんやなーと信じていて、大人になってもこの妙な気持ちを捨てきれずにいた。その影響からか、モノに対して「この子」とか「こいつ」とか言うてモノを人のように扱うクセがついた。
僕はパンの声が聞けるし、コーヒー豆ともよく話し合う。ほんまにイタい奴と思う人もおられるでしょうが、この際カミングアウトします。
僕は人が作ったモノには作り手の魂や念が入っていると信じています。もう少し掘り下げていうと、モノの声は自分が込めた気持ちの声の事で、実際にモノに口が付いてペラペラ話すわけではなく、潜在意識が話しかけてる気になる事です。
ほったらかしにしてた子(パン生地)がすねて膨れ上がり、「ちょっと〜まだ〜〜?」って聞こえるのはそのせいやと思います。
こんな気持ちわかりますかねぇー

バースデー・パーティー

バースデー・パーティー

先日、子の10才の誕生日やったんで、とある焼肉店でお誕生日会をしました。その時のお話です。
何かの引き寄せがあったのか、その日に焼肉店に予約を済ませてたんですが、たまたまそこのお店の店主さんがグリーンラバーズにご来店されたんです。僕はちょっとしたサプライズをしようと思って相談しようとした矢先でした。
食後にデザートにロウソク立てて持って来てほしい、とお願いしたところ、「デザートはうちおいてないんで、持ち込んでくれていいですよー♪」と快く引き受けてくれた。ええ人やわ。そこから、僕と妻は子にばれないようにと、迫真の演技を連発するのである。
「ちょっと店の買い出し行ってくる〜」とさりげな〜〜〜くチーズケーキを買いに行く妻。
買って帰ってきたケーキを子の目を盗んで、慌てながら冷蔵庫に押し込むオレ。そしてまた出かける時にばれないようにと、そそくさ車のトランクにケーキを積み込むオレら。まるで密売人のように、さりげなく、スピーディーに事はなされていく。
そして最大の難関である到着時の
ブツの受け渡しが来た。
まず、3人で車を降りて向かう道中で、僕が「あ。忘れもんした。」と引き返した時に、妻が「先行っとくで」と、なんともぎこちない間もクソもない大根芝居を奇跡的にバレずに成功させた。
美味しいな〜言いながら、お腹が膨れた頃にいよいよクライマックス。店員さんに合図を送り、サプライズスタート。
あれ?なかなか持ってけーへん、なんでやと思ってたら急に
暗点‼‼‼
真っ暗けっけ。他にもお客さんたくさんいるのに、真っ暗けっけ。そして、チーズケーキに10のロウソクに火が灯り、店員さんがゆっくり持って来た。
ハッピバースデーツーユ〜♪歌いながら、周りのお客さん達もゆるくくちづさんでる。え?え?こんなに盛大にするつもりなかったのに、超感激。子のサプライズのつもりが、僕らもサプライズされてて、その暗闇の数秒の間に、10年が走馬灯のように思い出された。やば。泣きそ。
子は、火を消して皆から拍手してもらい、感激している。それ以上に、オレ泣きそ。
すごくアットホームで良い店でした。グリラバもガッツリパクッて、誕生日サプライズ大歓迎したいと思いました。
焼肉店の皆様、その場で手拍子して下さったお客さん、妻、そして10年間スクスクと素直に成長した息子よ、ありがとーーー!!!!!

世の中捨てたもんじゃない

世の中捨てたもんじゃない

土曜日の夜は仕込み準備で遅くなってしまう。自分で作って食べるのが嫌で、帰宅してから夜食を戴く。寝不足気味かつ腹ぺこで、ふわふわしてて危険な春の陽気に負けそうだ。
しかし、日付けが替わるまでに帰宅せねばならぬと、勝手なルールに沿ってふらふらで帰る。時間は23時半を回っていた。
バイクのガソリンが極少だが、多分自分の腹の方がペコペコだろうと無視してそそくさ家路を走らせた。
プス
プスプス
げー‼マジっすか?!ガス欠やん。。
家を目の前にしてのガス欠。朝にバイクを押してスタンドに向かうのは不可能と判断して、今のうちに近所のスタンドにガソリンを入れてやるのが懸命だろうと、ふらふらになりながらバイクを押してスタンドを目指した。
ガン‼‼‼
こけた
アイテテ溝にはまってもうた。ありゃりゃ左のバックミラーこっぱ微塵やん。やってもうた。えっこらさっさ、力が出ないよ〜ん、どらえも〜ん。ん?どらえもん?
「大丈夫ですか?」
どらえもんではないが、40代くらいの女性が助けに来てくれたのだ。 一緒にバイクを溝から引っ張りだしてくれたのだ。めっちゃ優しいやん、マジすんません、謝りまくり、感謝しまくり、大丈夫ですと念を押してスタンドへまた向かった。
するとまた車1台トラックが前に止まり、にいちゃんが降りてきた。
「大丈夫〜?遠かったら積んだろうかと思ってー」
優しい。
大丈夫です大丈夫ですとまたまた感謝しまくり後にした。
結局スタンドまで押してガソリンを補充して、普通に帰宅出来た。
右すねは痛むが、やたら心地よい。
こんなド田舎でド真夜中に、ド運動音痴野郎に、世間は優しい。猛烈に優しいのだ。
ガソリンスタンドのライトが涙でにじんだ。ありがとうございます。明日も元気にやれそうです。

グリラバ通信VOL.42「たったそれだけの事で」

グリラバ通信VOL.42「たったそれだけの事で」

2年程前だったか、コカコーラを注文されたお客様(母親と息子さん)に350mlの缶の中にまだ少し残ってため、グラスに注いだコーラプラスα残りの缶を缶ごと善かれと思い提供した事があった。
その母親が「え?コーラってゼロコーラなんですか?メニューには記されてないんですけど…。」と問われて、とっさに「え?味違いますぅ?!」と返してしまった。そのお客様は一瞬眼孔が開き、黙ったままだった。すぐに謝罪したが、時すでに遅し、、、。
せっかくの息子さんとのランチタイムに嫌な思いをさせてしまった。ほんの少しのニュアンス、少しトゲのある言葉、たったそれだけの事でお客様は離れていく。当然の事。
あからさまな失態や失言なんかじゃない。ほんと些細な事、当たり前なところの何気ない「雑さ」や「無神経」で人はイラっとするし、いつまでも憶えているものですよね。
また来たいと思ってもらうか、二度と行きたくないと思うかは、そんな心のやりとりが大きく左右している。料理の味が美味しいかどうかは、その接客度の居心地の良し悪しで変わってしまう。と言っても過言ではないと思う。 たまに汚ねー店で店主も無愛想だが味はピカイチとかいう人居てますが、その人どうかしてると思いますよ。
明日も機嫌良く営業出来ますようにと願いつつ、お疲れさまでしたm(__)m