Blog

「希薄」

「希薄」

前からなんですが、お酒飲むと次の日頭痛くなるし、体がダルくなるので、最近は缶ビール1本飲みきるのもやっとで、なんか「美味い!」とも思えんくんなってきた。体が欲してないのでアルコールも休み前日だけしか飲まないようになった。タバコも止めて5年くらいになるんかなぁ、なんか馬鹿馬鹿しくなってしんどいからライターごとまだ残ってたタバコを捨てた。

男たちの楽しみと言えば、酒、タバコ、パチンコ、女、と昔から決まってだけど、もう僕せやったらほぼ男ちゃうやん、て思う。ギャンブルもしないし、キャバクラや風俗行くためのお金使う勇気沸かないし、しんどいとき、ふと何もか馬鹿馬鹿しくなって、16歳の頃に戻ってバイクぶっ飛ばしながら発狂して紛らわしてる。42歳だけど。

去年10月から消費税増税あって、客足が止まった感覚があった。感覚というか実際に売り上げもガクッと落ちた。それが、増税の影響なのかただの実力不足なのか、どちらも重なってかは、はっきりしないが、街自体が死に街に更に寄ってる感じがして不気味だ。世界中が辛い出来事だらけでぶっ壊れつつあるのに、SNSやテレビの中の人はニコニコしてて、流行だの映えだのくだらねーことでゆる~く楽しんでるの見ると更に怖くなる。

家と店の往復で毎日が過ぎる。幸い妻と殆ど一緒にいるので、ずっとお喋りしてられるから誰とも口効かないってことはない。その点救われているけど、妻とスタッフさん以外とは殆ど話さないし、元々協調性とか社交性が乏しいので、頭の中で何万回も自問自答してる。周りがどうだからとか、普通とかみんなとかの曖昧な基準が嫌いなので、自分の事ばかり考えてしまう。

他人との関係が希薄になればなるほど頭でっかちになり表情がお面してるみたいに固まってる気がする。

人と話がしたい。人の気持ちに触れたり触れられたりしたい。女の子と話がしたい。友達と居酒屋でだべりたい。音楽の話、漫画、家族、エロい話とかしたい。最近何故かこのような欲が出てきており、珍しく協調性とか大切だなと思えるようになった。

3月くらいからライブ企画増やしたり、新メニュー作ったり、個人的にも自分の音楽と向き合ったり、やる気がむくむく芽生えてきてます。期待を裏切ってしまうこともあるかもですが、思うたことはやってみよう!てな感じですので、よろしくです。

「ライブ告知」

「ライブ告知」

オープンマイクライブ2部構成

参加者大募集!!

2/8(土)15時~17時、19時?21時
参加費無料+オーダー

☆弾き語りの方が多いですが、基本しばりはありません。漫才、コント、手品、落語、一発芸、朗読、など。どなたでも参加出来るホッコリライブ企画です。是非遊びに来てください。

8年前

「8年前」

お店は妻と僕とふたりでスタートさせた。僕は今よりも更に弱虫だった。半年で妻はお店を辞めた。
下手な芝居みたいなセリフを今でもはっきりと覚えている。

当時は今よりもパン屋さんよりで、パン棚も立派な物で毎日焼くパンリスト表通り、40個くらいは焼いていた。
僕は手作りパンの喫茶店をすれば、朝からママさんらが焼き立てパンを買いに沢山売れると勝手な思い込みで変な自信があった。実際お店を始めてみると、まるでその日暮らしの風来坊みたいで、売れることは希で、ほぼ暇だった。日曜日の朝ですら老人が2人来ただけとか、ざらにあった。
半年くらい過ぎた頃、お金もみるみる無くなり、余裕も自信も無くなり、夫婦仲もピリピリしてたように思う。

その日の出来事は今でもよく覚えてる。僕がモーニングタイムでパン仕込む理由で妻に「お客さん来たらひとりでしてくれる?」と問うたら、あからさまに嫌々「ええ?」と返されたので、プッツン来てしまった。
僕は今でも思うことだけど、「やらされてするくらいならしない方がまし、やりたい人としか仕事をしない」と決めてるところがある。
とにかく、お店がひまで気がたってて、その「ええ?」だけで妻に当たり散らすという、幼稚な態度をとった。

「出てけ!辞めちまえ!!」

確かにこう言った。ヤメチマエ。

妻は泣きながら鞄を抱えて出て行った。そんな日に限って、ひとり営業してる日に限って珍しく忙しくなるもので、本当にこんなに早くバチが当たるなんて思ってもみなかった。お客さん来店重なるんで仕込むが出来ず、ランチ分のハンバーグが無くなってしまった。母親が見兼ねてランチタイムに手伝ってくれたんだけど、飲食店は素人なんでチョンボが重なる。もう無茶苦茶だった。ハンバーガーを注文してるお客さんなのにハンバーグのオーダーをとって来てしまい、長時間かけて提供した挙句に、違うと指摘され、作り直すにも肝心のハンバーグは無く、お客さんは怒り心頭帰ってしまった。

妻がいない。妻がいないと何一つ成し遂げることの出来ないポンコツ店主の僕。最低最悪な気分で打ちのめされ、流石に「戻って来てくれ」と言うのも虫が良過ぎる、しかし、目の前には沢山のお客さんの不信な眼差し。妻に電話した。繋がったんだけど、気晴らしに神戸に来てる、と言われた。もう無茶苦茶の無茶苦茶だった。提供時間も50分くらいかかってる人もいた。

みんな居なくなって散らかり放題の店内で、ひとりで号泣した。

何でこんなことしてまでお店しなきゃ行けないんだろうか、才能もお金も無いのに。何でするのか。理屈じゃないところでそれにしても「面白い」と思った。何しとんねん無茶苦茶やんけ。こんな大失敗は少ないけど、小さな失敗は毎日ある。人に迷惑をかけてやらせてもらってるんだから、なんとしても良い店を作らないといけない。そうじゃないと一生失敗人間のDVヤロウになってしまうではないか、そんな決意だった。

あれから8年。ついこの前のような気もするし、遙か大昔のような気もする。2年くらい前にお店に妻が帰って来てからも、あの日の決意をたまに思い出す。あんなのはお店じゃない。だから毎日スタッフにあれこれ口うるさく言うし、家に帰っても妻と今日のあのお客さんの対応がどうのこうの、神経質かってくらい話し合う。これで完成とかはずっとないけど、今のところ僕らは前より仲良くしてます。

よすが

よすが

今年は時間があれば、映画を観るようになった年で、じっと観ていられるようになった。10代の頃は毎週TSUTAYAに通ってる時期があり、その頃に見てきた映画で時間が止まっていた。最近あの頃の感覚を少し思い出して、見出している。それとは別に、古本屋も好きで、棚から飛び出して見える本を引っこ抜いて、寝る前に読む。それとも別で、音楽も好きだ。音楽は音量や場所によって聞き方を簡単に変えれて、気楽なのがいい。家で夜中にギターが急に弾きたくなって触ることもある。

「政治」も気になる。これも今年から急に気になり出した。自営業なんで増税やTPP、日米FTE、人ごとじゃなくてモロに生活に直結してることだけに、難しいけどわかりたい。

何が言いたいのだろう。興味が尽きないんです。自分がまだまだ未熟過ぎて、いつも不完全燃焼のままで、ちっとも到達しないんです。毎日話しするのも家族かスタッフだけで、人(他人)とあまり絡むこともない。たまに友達と飲んだりするだけで、随分お喋りした気になる。(酔うたら調子乗る)

いつも途中までしか読んでない本が2~3冊あり、カバンの中にはその日の気分により入れ替わるCDを肌身離さず持ち歩いている。よくわからないものばかり持ち歩いている。未解決なものばかり抱えて困っている。スペクトラム症かもと思う事もあるけど、精神なんか不安定ぐらいでやっとまともやと思うたちなんで気にしない。

誰もが何かを頼って暮らしているんだろうけど、最近その「よすが」が散らかってるように思う。全部繋いで何か凄いことを発明してお店で活かせていけるようになりたい。今日の日記でした、最後までおちなくすみませんでした。

仁義なきブログ

おっさんになってから、仁義なき戦いハマる。これまでバイオレンス映画ってあまり好きでなかったんだけど、ふと、見てみたくなりまず最初の1本を借りて見た。妻子も始め一緒に見だしたんだけど、映像がガサツでよくわからない、とかで直ぐに寝た。僕は始めから菅原文太に胸ぐら掴まれ「どないな」と脅されてるようで、一瞬でもっていかれた。一気に全シリーズ見てしまった。

こんなめちゃくちゃな殺し合いの何がそんなに良いのか、何故惹かれるのか、わからなかった。良い悪いで言えばきっと悪いに入るべきで、暴力を肯定するべきで無いと今でも思う。それでも問答無用、圧倒的に揺さぶられるのだ。説明なんか出来ないし、したくないんだけど、多分これかなというものがある。

多分、人間賛歌なんだ。これは殺し合いの人間賛歌。ヤクザの話だけど、テーマは村社会のこじれであり、日本そのものであり、町内会でも、喫茶店でも、学校や会社でも仁義なき戦いは頻繁に繰り広げられている。僕は切羽詰まった感じが好きなんだろう。お店でも楽に稼ぎたいけど、毎日完全燃焼したいし、無茶苦茶忙しいのが笑えるくらいに好きだから、多分一生ジタバタしてる死んで行くんだと思う。金持ちになってハワイとか行って、美女らとフラダンス踊って、高級なレストランで食事をして、とか、絶対したくない。1年中遊んで暮らす、毎日が夏休みが理想、とか、何が楽しいねん、て思う。余裕ある生活から幸せはやって来るんだよーってふわふわした本とかブログを否定してるようだけど、僕はそうは思わないんだから仕方ない。

激烈に追い詰められた時に人の本質が問われると思う。じゃあ借金して愛人作ってこじれまくって追い詰められてみいやと言われると、それも嫌なんだけど、。どうしようもないことがたくさんあり、力で解決しようと必死になってる姿に感動する。自分を貫こうとしてるんじゃなくて、自分はもうこれしか道がない、みたいなぶきっちょな人間が好きなんだと思う。多分その理屈じゃない不道徳な世界が間違いではあるけど真実のように見えるんだと思う。

悩みない方がいいのに、悩んでいたい。お金たくさん欲しいのに、効率悪いこと選んでる。苦しみや悲しみが好きなんだ。そんな気がする。駄目ですか、いや駄目ですね。だからいいんです。

いらっしゃいませ

いつも当たり前にいらっしゃいませー、言ってたらなんかわからなくなってしまい、何だ?いらっしゃいませって、いらっしゃってるお客さんに対して「いらっしゃいませ」て変だ。外国では「ウェルカム」とか言わないそうで、会釈して挨拶する感じらしい。日本のインド料理店でインド人の人が「シャイセイ」をやたら連呼するお店があった。それはもう日本語でもインド語でも何語でもなくなっているんだけど、とにかく「シャイセイ」貫き通して堂々としてる。

僕が20代の頃に働いてた喫茶では、ママが「いらっしゃいませー」のせーって伸ばしたら駄目よ!ってよくウェイトレスの女の子叱られてたな。別の店でも色々ないらっしゃいませがあり、「しゃーせー」とか「いらっしゃいまっせ」とか「いらっしゃいませどうぞようこそー(超早口)」とか、酷いのでは「せー」だけ言うてる人も居た。逆にスタバではいらっしゃいませ無くて、「こんにちは」や「おはようございます」を採用してて一瞬、言わんのんかい、ってなるけど気持ちいいですね。挨拶は良いですね。僕は、スーパーのレジでも挨拶されたら必ず挨拶で返す。いらっしゃいませーだと無言のまま。だけど、急に明日からお店の方針変えて、「挨拶のみにしようぜ」って決めてもよほど徹底しないと難しいものです。今んとこは「いらしゃいませ、おはようございます」とふたつ付けるようにしてる。

最近読んだ本で「音楽と雑音の違い」は心が入ってるかどうか、ってことで、心ある「いらっしゃいませ」は音楽、心ない「いらしゃいませ」雑音だ。と書いてあった。なるほど、全部そうだなと思うた。たまに超か細い声で「いらっしゃいませ~」て言うてる店員さんいるけど、あれは言わないほうが良くて、雑音なんだろうな。

全然関係無いけど、前にいたお店で、お客さんが入り口付近にいらっしゃった時の思い出。遠くからそのお客さんに届くように声張って「いらっしゃいま」まで発したところで実は食事を終えて会計のレジ付近に来てるお客さんだと、気がつき「ありがとうございました」にチェンジせねばと慌てて言おうとした結果「いらっしゃいました!!」って大声で叫んでしまった。スタッフ全員「は?」てなってて超恥ずかしい思いをした。

最後までしょうもない文読んでくれて、ありがとうございました。

美味しそうな香り身に纏う戦法

美味しそうな香り身に纏う戦法

前回のブログ更新から2カ月以上経っていた。毎日色々なことあって日記(ブログ)を書いてる人もいるのに、僕は苦痛に感じる。自分ではもう気にしないと思ってたつもりだけど、前に中傷するハガキが届いたこと、未だに引きずって気にしてる自分もいる。それだけでも無くて、公に出来ない事も何個かあって、何でもかんでも赤裸々に発信出来ない事情がある。僕は妻子がいるので、最後のところで自分本意に発言出来ない部分もある、、。

もともと社交的では無く、協調性も薄くて、自分の殻にこもって色々作ったりするのが好きなタチで、やたら肩組んできたり、酔っ払いの人などが苦手で、面倒臭さいと避けて来ました。だけど思想というか、一丁前に頑固で貫きたい気持ちも確かにあるわけで、、避けて通れない道(人)がいたりすると発狂してしまったり。

「だから僕は歌うんだよ?精一杯デカイ声で?」て、ブルーハーツの歌詞であったけど、僕の場合は「だから僕は作るんだよ?めちゃくちゃ美味しいものを?」になるのかな。書いてる途中であまりのストレートさに恥ずかしさが追い越してうわぁだっせぇて、なる。まあ、ダサいのは本当なんだから、良しとしよう。

母は超社交的で誰とも気軽にお喋りできる天才なんだけど、僕は真逆であのフワッとした感じやズカズカ行く感じが出せない。そのかわりに僕は美味しいパンが作れる、ただ作れることしか出来ないけど、確かに作れる。社長の仕事は集客だ、とよく聞くけど、僕は作ることしか出来くて、営業が全く出来ない、苦痛で苦痛で苦痛なだけで何もおもろない。 だから僕、そんな、体に悪いことやめてひたすら作る。幸いパンやコーヒーは美味しそうな香りを放ってくれるので、僕はその美味しそうな香りを身にまとって「ははは」と不気味で下手くそな笑顔振り撒くことで、まんまと(?)お客さんが釣られて寄って来るという戦法を見つけたわけです。

いろいろな人種の人、考え方が違う人がたくさんいるんだし、僕のこんな独り言も「ふーん」とか「くだらねー」とか何でもいいです。僕は美味しそうな香り身に纏う戦法でやってますんで。

上見て暮らすな下見て暮らせ

あるお客さんが「クリームパンめっちゃ美味しいす!〇〇ベーカリーのクリームパンに似てるんす!」と褒めて?くれたんだけど、胸に妙な引っかかりを覚えた。〇〇ベーカリーは有名パン屋さんで、テレビでもよく紹介されてるお店です。 そのパン屋さんのクリームパンどんなんなんやろうと気になってたんで、買いに行ったんです。なんかテレビで紹介されました!的なポップや輝かしい実績の記事を貼ってあって、流石な、横綱の貫禄な、と眺めました。

何個かパンを物色したり、パンの成形の仕方をまじまじ見たりしてると、妻が「こんな凄いパン屋さんと似たパン作れるって、みーくん(僕)凄いやん」て言った時に、普通なら、せやろ!どやさ!って思うかもしれないけど、なんか無性にイラッとしてしまった。 上手く表現出来ないけれど、わしは別に有名店に寄せてるわけじゃねぇし、横綱に近づけて光栄っす!どすこい!って言う縦社会に参加したくねぇし、そもそも初めから負けてるなんか思ってねぇし、とか、自分の中の負けず嫌いな偏屈ジジイが申しております。

実際食べてみたけど、美味しいけど、それ程似てるとは思えないってのが正直なところでした。なんやったら勝ってました。負けていると思うのは、宣伝力、知名度、あと人間性なんかなとも思うた。

SNSのタイムライン見てたら皆んな輝いてる風で、いつも劣等感を植え付けられます。それと同時に「別に大したことないねんけどな」と極めて上から目線で思うてることも確かにある。流行りに寄せるだけの店って薄っぺらい気がして、なんかねえ。。その我が邪魔して、馴染めないなあと苦戦してる自分も歪めないわけです。

息子が中1になって成績の順位を気にしだし「〇〇君なんかばりアホで宿題ほとんどせえへんねん」とか、勉強しない友達と自分を比べて薄く安心しようとしてるのが見えたので、僕の考えを偉そうに言うてしまった。
「おれがスーパーの大量生産の食パン食べておれが作るパンのんが美味しい、おれ凄いやろ、とかいきってたらどう思う?父ちゃん見っともないよってなるやろ、自分より成績悪い子と比べるんやめな、ダサいから」って返した。

下見て暮らせと世間は言うかもだけど、あれは今の現状に感謝しなさいの意味だろうに。僕は横綱に負けてるのが悔しいとマジで思いますけど。

ブログ更新しました

知ってる人もいるだろうけど、僕この前に苦情のお葉書をいただきその内容が「ブログ読んだらクソな奴やった」とかいう内容で、そのことをSNSに投稿したところ、沢山の人から励ましのコメントを頂きまして、先ず、その人たちへ感謝の気持ち伝えたいです。僕はクソな奴ではなかったようです。だいぶん心も落ち着いて来ましたので、ご心配無用です。ほんまに、ありがとうございます!!

苦情の葉書にも書かれてたんだけど「文章力磨いた方が良い」とのことですが、僕が文章力磨くかどうかは、僕自身が決める事なので「何で匿名の奴に言われなあかんねん、逆に文章力磨きたく無くなったわ」と心の中で思いました。インターネット上で発信するにあたり、物書きではない素人が文章を書くことで、色々と過ちが生じてしまう。スマホの普及で、活字を打ち込む事が増えたけど、頭が悪いんで国語力も無いままにブログなどを書いてしまい、結局何が言いたいねん、って事多々あると思う。そもそも言葉自体が、人の心の揺らぎに追いついてないのに、文章で人に何かをわかりやすく伝えるって無理があるんだろう。

誰かのツイートで「人類にインターネットは早すぎた」て、ほんとその通りだと思った。今までになかったしがらみがしがらみを生んで身動きが逆にとりにくくなった。知りたい情報が手軽に得られるかわり、知りたくない情報まで手軽に得られる。

例えば戦国時代に皆んなスマホ片手に斬り合いしてたら、もっとぐちゃぐちゃになってたんかも。武田信玄が上杉謙信のブログ読んで「うわ!こいつめっさええやつやん!」とか、織田信長が明智光秀のツイート見て「まじかよ!ショック過ぎじゃん!」とか。源氏物語でfacebookあったらロマンもヘチマまない。。

今や無法地帯のインターネット、匿名だのネトウヨだの普通の人が酷いこと平気でしてまう時代。コンビニの成人向け雑誌無くしたところで、スマホで簡単にエロ動画見まくってるやん。逆に動画投稿手軽に出来るから、恐喝とかの犯罪が減ることは良いことですが。

表裏一体というか、良い面と悪い面と、想像を遥かに超える暴力装置に変わる一面があるんだと、思い知った。ブログは日記。こっそり見て風呂入って寝て下さい。そんな大層なもんじゃないです。

面接

面接

うちの店の面接は表向きは面接だけど、事実上のパートナー探しのお見合いに近い。マンツーマンで働くことが多いので、兎に角、波長の合う人じゃないと雇えない。シフトの希望の一致や日数やお給料の額も当然大切なんだけど、何よりも波長が大切だと心底思う。なんかあったんすか?って問われると「はいありました」と応えます。

どうもはじめましてと対面して、約30分程でその人の適正を見極めてジャッジしないといけないのだけど、本当は2分くらいで決まってるんです。過去に何度も見誤って新人さんを傷つけてしまったり、こちらも傷ついたりした。例を挙げるとキリが無いけど、面接で声のトーンをひとつ上げてうつむき気味な清楚な人に多いんだけど、僕の性格の悪さに気付いて「ブス」っとしてサラッと「辞めます」率高くて、オープンして1年で10人くらいいた。余りにも直ぐに辞めて行くので、自分の方針が明らかに間違ってると気付くまで人間不振だった。 極めつけは、一日だけ「お試し研修」した奥さんに、向いてないから雇え無いことを伝えた際、ショートメールで「あああああああああああああ死ね」って送られて来てゾっとして、ガラスのハート木っ端微塵にされた。。

飲食店に限らず、先ずコミニケーションが取れるかどうかだと思う。僕自身、学校も辞めたり、職場でパワハラにあったり、精神的にズタズタになったり、上司にブチ切れたり、人として適合出来ない人種やったんで、そもそも僕自身が面接官失格なんで、ええかっこして面接したってお互い直ぐバレるんです。

だから2分でわかる。嘘ついてるかどうか。そして、この場を勝手に借りて懺悔したい。調子こいでた時の僕の傲慢な振る舞いに被害を受けて去っていったバイトさんたち、本当ごめんなさい。死なないけど謝ります。